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野球コラム

不祥事乗り越え日本監督へ 耐え続けた野球人生

投稿日:2018年9月22日 更新日:

みなさんこんにちは!Tadashiです。
前回までは、12球団あるプロ野球チームを紹介していましたね!まずはパリーグの6球団を紹介いたしました!

では今日からはセリーグのチームを紹介・・・の前に、少し別の角度から記事を書きたいと思います!

これまでの記事でも、各球団の名選手を1人ピックアップして紹介していましたが、今回はさらにその点をより深く紹介したいと思います!

今回ご紹介するのは、昨年の野球世界一決定戦(WBC)で日本代表の監督を務め、現役時代はダイエーホークス→読売ジャイアンツ→ソフトバンクホークスと活躍した、小久保裕紀氏です!

波乱万丈だった現役生活、そして日本代表の監督として・・・活躍の裏にあった苦悩についても記述していきます!

 

〜スターへの道 小久保裕紀〜

ホークスの中軸打者として

小久保裕紀選手は、1993年にドラフトでダイエーホークスに入団しました(ダイエーホークスとは、ソフトバンクになる前の球団名のこと)。

1994年にプロ初出場を果たし、1年目こそはプロの壁にぶち当たるも、2年目から28本塁打を放ち、本塁打王に輝きました!

しかしそこで問題が発覚してしまいました。プロ野球脱税事件 と呼ばれるものです。

この事件に関しての詳しい記述はいたしませんが、いわば「所得隠し」と呼ばれる行為をしたということです。

小久保選手もこの事件の主犯格とされ、執行猶予2年などの判決を受けました。加えて、コミッショナーからも、開幕戦から2ヶ月間の試合出場停止と、400万円の制裁金処分となりました。

この事件が発覚した翌年は成績が低迷。もう復活することはないのか…と思われることもありました。

しかし、2000年に入り再び輝きを取り戻します!2000年にはチームの選手会長(キャプテンようなもの)に就任。

それに恥じることなく、本塁打は31本、打点も105をマークし、まさに中軸として活躍しました。

特に2001年は、44本塁打に加えて123打点を記録、まさにこの瞬間、小久保裕紀はスターとなりました!

 

なぜ?あまりに不可解なトレード・・・

ところが・・・誰もが信じられない悲劇が小久保選手を襲いました。
2002,2003年は、2001年ほどの成績を残すことができませんでしたが、ホークスは2003年に日本一を達成しました。

その原動力として小久保選手は存在していたにも関わらず、衝撃のニュースが報じられました。

 

小久保裕紀 巨人へ無償トレードへ

 

誰もが耳を疑ったニュース。普通のトレードならまだしも、「無償トレード」という言葉が衝撃的でした。

「トレード」とは日本語では「交換」という意味がありますよね。その通りで、選手1人と選手1人の交換や、大物選手の場合は選手1人と選手2人・3人との交換ということは普通にあります。

小久保選手ほどの大物選手であれば、間違いなく他球団の大物選手とのトレードは可能であったはずです。

にも関わらず、ホークスが選んだ選択肢は、まさかの「無償トレード」。何も見返りを求めず、ただ単に小久保選手を放出する というものでした。

日本一の歓喜の直後にまさかの悲劇。当時チームメイトだった松中信彦選手は、「あり得ない。なぜこんなことをするのか。連覇する気持ちはないのか」と球団の方針を痛烈に批判。

詳しい理由はわからないまま、まさかの事態で、巨人へと移籍することになりました。

 

それでも、もう一度ホークスへ

巨人へと移籍となった小久保選手。巨人として1年目の2004年、巨人の右打者としては球団初の40本塁打超えを達成。2005年・2006年も少し成績は落としましたが、活躍しました。

そんな中、小久保戦選手はある決断をします。

 

FA制度を利用して、ホークスへ復帰

 

FAというのは”Free Agent”の略です。1軍の帯同日数が一定期間を超えると、自由に自分が移籍したい球団を選択することができるものです。

FA制度を取得できずに、引退・戦力外となる選手が数多くいる中で、FA制度を利用できる権利を得る選手は、まさに「一流の証」と言えるでしょう。

2006年にその権利を得た小久保選手は、その権利を使い、ソフトバンクへ戻ることを決心しました。

その決断の裏には、「王貞治」会長の存在があったと言われています。同じ長距離砲であり、「師」として仰ぐほど尊敬していた存在。王会長のためにという気持ちから、ソフトバンク復帰を決断しました。

その後2012年まで、ソフトバンクの一員としてプレー。惜しまれつつ、現役を引退しました。

 

日本代表監督として・・・

その後解説者を務めていた小久保氏ですが、2013年末に日本代表の監督を務めることになりました。

コーチや監督業を経験せず、いきなり日本代表の監督となったのは、小久保選手が初めてのこと。

やはり経験不足が露呈したのか、2015年に開催された、WBCとはまた別にある野球世界一決定大会「プレミア12」で、韓国相手に9回表に3点差を逆転される、屈辱を味わってしまいます。

その時の采配があまりにも後手であったことなどが猛バッシングを招き、一部ファンからは、辞任を求める声も出ました。

それでも経験を積み、2017年のWBCでは見違えるほどの采配を見せたと賞賛されました。
結果として、日本は優勝することはできませんでしたが、その際の小久保氏へのバッシングは少なく、労いの言葉が多くかけられました。

現在は、また解説者として活躍しています。スターと呼ばれた選手も、このような苦しい時代があったということが、プロ野球の厳しさを感じるものとなりました。

 

次回は?

次回も、スターと呼ばれたプロ野球選手を取り上げ、記事を書いていきたいと思います!それではまた次回!

 

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