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野球コラム

わがまま若者から、しっかりベテランへの変貌

投稿日:2018年9月23日 更新日:

皆さまこんばんは!Tadashiです!これまでプロ野球のチーム・もしくは選手を取り上げて記事を書いていますが、今回もその続きです!

今日も前回と同様、「スターへの道」と題して、特定の選手に焦点を当ててご紹介します!

今回は、現在プロ野球解説者として活躍している、山﨑武司選手についてご紹介します!

ホームラン王を2回獲得するなど、輝かしい成績を残した選手ですが、その裏側は苦悩の連続でした・・・

山﨑武司選手とは

山崎選手は、愛知の有名校である愛工大名電高校に在籍し、甲子園出場はなかったものの、高校通算56本塁打を放つなど注目はされていました。

そして1987年に中日ドラゴンズに入団。1年目と2年目は1軍での出場はありませんでしたが、3年目の1989年に1軍初出場を果たしました。

実際に出場したのは9月頃で、いわば消化試合のようなものです。ただ、そこから山崎選手のキャリアが始まっていきます。

実際にその年、2軍では本塁打王を獲得するなど、片鱗は見せていました。ただ、それで活躍できるほど1軍は甘くありません。

実際のところ、山崎選手が1軍で2桁の本塁打を記録したのは、プロ9年目の1995年までありませんでした。

チームによっては、戦力外となっていた可能性もあります。それでも、そんな山崎選手を、故星野仙一氏は起用しました。

そしてプロ10年目となる1996年、ついに才能が開花します!

 

本塁打王獲得

数年間苦しいシーズンを過ごしていましたが、96年についに開花!一気に39本の本塁打を放ち、1軍での本塁打王を獲得!

打率も3割を超え、打点も100を超えるなど、文句なしの成績を記録!

監督推薦ではありましたが、初めてオールスターゲームにも出場!まさに「遅咲き」の選手として注目を集めました。

翌年こそまた成績を落としたものの、98年からは再び好成績を収めます。特に99年、とても印象に残るシーンが生まれました。

この年から高代延博という人がコーチとして就任したのですが、ここで確執が生まれたと一部では言われています。
このせいで、山崎選手は試合に出ない日が多くなってしまったのです。

そんな不満を持った中で、9月26日の阪神戦。この日も先発出場ではありませんでしたが、山崎選手が9回裏に逆転サヨナラホームランを放ちました!

その打った瞬間、山崎選手は1塁ベンチに向かって何かを叫んでいました。

後に山崎選手の著書によれば、「なんで俺を使わないんだ!」というような趣旨の発言をしたということでした。なかなか過激な発言ですよね笑

裏を返せば「強気」と捉えることもできますが、これが後に災いを招いてしまいます・・・

 

確執続き・・・素行の面まで

2002年、成績を落とした上に、当時の監督に暗にプレーを批判されるようなことを言われたことから、球団に対する不信感を抱くようになりました。

山崎選手自身が他球団へのトレードを志願し、オリックスへの移籍が決定。

しかしオリックスでもあまり活躍することはできず、さらに監督との確執問題や素行が問題視され、オリックス2年目の2004年、戦力外通告を受けました。

これに加えて、様々な人間関係のトラブルもあったと言われ、一度は引退を決意。

それでも、東北楽天が新しく創設されることとなり、初代監督の田尾監督からのオファーもあり、現役を続行しました。

その時、山崎選手自身は、もう一度この球団で花を咲かせることになろうとは、想像できていたのでしょうか・・・?

華麗なる復活

2005年・2006年は派手な成績ではありませんでしたが、オリックス在籍時と比較すると随分成績をあげました。

そして2007年、野村監督が就任。これがまさに、山崎選手の人生を変えたのです。

 

「ただ単に闇雲に来た球を打つのではない、相手がどの球種をどのコースに投げるのか、それを考えて打席に立て」 

 

野村監督からのこのアドバイスによって、もう一花咲かせることに成功しました。

なんと、39歳という年齢で、自己最多の43本塁打を記録!!打点も108を記録し、本塁打王と打点王を獲得!その年に優れた選手を表彰するベストナインにも選ばれました!

11年ぶりに本塁打王を獲得という離れ業をやってのけた山崎選手。
2009年にも39本塁打を記録し、東北楽天の2位浮上の原動力となりました。

若い選手も徐々に増えた2009年、成績だけではなく言動でもチームを引っ張りました。
不甲斐ない投球を続ける選手に、時に厳しい口調で叱責することも。それも、期待をしている裏返しだったのだと思います。

引退、そして現在

2011年、成績が急激に低下。シーズン終盤に戦力外通告を受け、2012年から古巣の中日ドラゴンズに復帰。

しかし、復活と言えるような成績は残せず、2013年に引退を決意。趣味がラジコンであることから、その趣味を楽しみつつ、プロ野球解説者として活躍しています。

次回は?

次回はまたプロ野球チーム紹介に戻ります!

次回からはセリーグ球団の紹介となります!次回は東京を本拠地とする、読売ジャイアンツについてご紹介していきます!

それではまた次回!

-野球コラム

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