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野球コラム

簡単には怯まない 鉄人の生き様

投稿日:2018年10月8日 更新日:

みなさまこんばんは!Tadashiです!
プロ野球に関する様々なことを書いているブログです。

今回は、特定の選手に焦点を当ててお送りする、「スターへの道」シリーズになります。

そして今回ご紹介するのは、現在阪神タイガースの監督を務めている、金本知憲監督についてです!

現役時代は広島・阪神の2球団で活躍した金本選手。何があっても試合に出続けたことから、「鉄人」の異名をとる選手でした。

連続フルイニング出場の世界記録が、その異名を体現するものになっています。

選手として活躍したのちは、解説者としてフィールドを移し、2016年から阪神の監督を務めることになりましたが・・・

ちょうど今日の試合で敗れた阪神は、2001年以来17年ぶりの最下位が確定してしまいました。

一部報道では、金本監督に対する罵声やヤジが凄いとか・・・

苦しい状況を迎えた金本監督。その野球人生についてご紹介します!

 

簡単には怯まない 鉄人の生き様

広島時代

大学時代を東北福祉大学で過ごした金本選手。当時はホームランバッターという選手ではなく、単打を積み重ねるような選手でした。

1991年のドラフトで広島に入団することになった金本選手。

プロでは通算474本の本塁打という、素晴らしい成績を残しましたが、プロ入り後すぐの写真を見る限りでは、そこまでの選手になるとは思えないほど細い選手でした。

とてもプロで活躍できる体格ではないと危機感を感じたのか、そこからトレーニングに励んだと言われています。

その甲斐あってか、4年後の1995年には20本塁打以上を記録するなど、少しずつ頭角を現し始めました。

その後成績の浮き沈みはありながらも、2000年にはトリプルスリー(打率3割・30本塁打・30盗塁)を達成。まさにスターと呼ばれる選手になりました。

 

FAで阪神へ

広島で十分な活躍を見せた金本選手。FA権を取得すると同時に、真っ先に故星野仙一氏が声をかけました。

2002年に阪神の監督として就任した星野仙一監督。その年は4位に終わり、何としても巻き返すために、金本選手が必要だったのです。

あるテレビ番組で、金本選手は星野監督の誘いを何回も断ったと言います。

それでも、星野監督から何回もラブコールを受け、阪神への移籍が実現しました。

まさに「優勝請負人」のごとく、移籍した2003年、阪神は18年ぶりのセリーグ優勝を果たしました!

惜しくも日本一を達成することはできませんでしたが、日本シリーズでも7試合で4本塁打を放つなど大活躍でした。

そして2005年、この年も阪神は優勝を果たしました。特に金本選手は、打率.320を超え、40本塁打125打点を記録するなど、まさに大活躍!

この年のセリーグのMVP選手を獲得するなど、まさにスターとして君臨しました!

何があっても試合に出る

金本選手のことを語る上で外せないのが、「連続フルイニング出場試合」の記録についてです。

1回表から試合終了まで、最後まで試合に出続けることが、フルイニング出場ということです。

 

金本選手は、これをなんと1492試合も継続させました!

 

約10年以上も、1試合も休むことなく試合に出続けたのです。

この記録の過程には、片手を骨折しているにもかかわらず、試合に出続けたこともありました。

片手一本で中日の岩瀬選手からヒットを打った映像は、今でも使用される映像になっています。

世界記録を作り上げた金本選手ですが、しかし一方で、晩年は苦しい時期が長く続きました。

 

記録がストップ

連続フルイニング記録を継続していた矢先、まさかの事態が金本選手を襲いました。

オープン戦の試合で、守備中に味方選手と激突。右肩を負傷してしまいます。

しかも、それが軽傷であればまだよかったのですが、かなりの重傷と診断されてしまいます。

その影響からか、ジーズンが開幕してからも試合出場は続きましたが、攻守に精彩を欠く場面が非常に目立ちました。

特に4月の試合では、外野から3塁まで送球することすらできないことがあり、なぜ試合に出ているのかという物議を醸しました。

流石に周りの声を無視できなくなったのか、ついに4月18日、スタメンから外れることに。

スタメン発表で金本選手の名前が呼ばれなかった際は、球場中を大きなどよめきが包みました。

金本選手は最後までその怪我から復活することはできず、2012年に引退されました。

監督として

その後解説者を経て、2016年から阪神タイガースに監督として戻ってきました。

若手を育てなければいけない、その使命感の下、積極的に若手選手を起用しました。

その結果、昨年はセリーグ2位と健闘はしたものの、若手の活躍が続くことはなく、今シーズンは最下位が決定してしまいました。

人気球団であるがゆえに、育成をしながらも勝利が求められる板挟み状態になってしまうのが、阪神の監督を務める上で難しいところです。

来年以降も監督を務めることが既定路線。果たして、来年こそ挽回することはできるのでしょうか・・・?

 

次回は?

次回も今回と同様、「スターへの道」シリーズをお送りします!

次回もご覧ください!

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