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野球コラム

モットーは、力の限りのフルスイング

投稿日:2018年10月3日 更新日:

みなさまこんにちは!tadashiです!

プロ野球に関して記事を書いているこのブログですが、今回も同じくプロ野球についてです!

今回も同様、「スターへの道」シリーズと題して、特定の選手に焦点を当ててお送りしていきます。

今回ご紹介するのは、現役時代は北海道日本ハム、そして読売ジャイアンツで活躍した、小笠原道大選手です。

現役最後を中日ドラゴンズで終えたあと、現在はドラゴンズの2軍監督を務めています。

小笠原選手の代名詞、それが「フルスイング」です。

中途半端にバットを振ることはしない、とにかく全力でスイングするその姿は、プロ野球ファンの印象に強く残っています。

日本ハムと巨人で活躍、しかしその後彼を襲った成績急降下。そして中日ドラゴンズへと移籍したその背景について、ご紹介していきます!

 

スターへの道 〜小笠原道大 魂のフルスイング〜

日本ハム時代

小笠原選手は、高校時代は全くの無名選手でした。公式戦で本塁打を打ったこともなく、注目もされない、ごく普通の選手でした。

その後社会人野球で少し頭角を現し、その効果もあって、日本ハムファイターズからドラフト指名を受けます。

当時は捕手として試合に出ていたことがあり、かなり貴重な映像として今でも使われることがあります。

シーズン1.2年目は目立つ活躍はありませんでしたが、3年目でいきなり25本塁打を放つなど、すぐに好成績を残した小笠原選手。

とくに、「恐怖の2番打者」として注目を浴びたのか、3年目のシーズンでした。

2桁本塁打を放つパワーを持ちながら、足の速さも兼ね備えていたため、2番として起用されることになったのです。

2番打者は、1番打者が塁に出て、それを2番が送って3番にチャンスを繋げる役割 、というのが常識でした。

それを見事に覆した、2番小笠原という戦略。そこから、小笠原選手のスターへの道が始まりました。

フルスイングを心がけながらも、打率はしっかりと3割を維持していたため、3割30本を平気でクリアできるとんでもない選手でした。

ヒゲが特徴的で、「北のサムライ」とも呼ばれるほど北海道に定着していた小笠原選手。しかし…

小笠原選手は、その北海道から去る事を決めました。

 

FAで巨人へ移籍

2006年、FA権を取得した小笠原選手は、読売ジャイアンツへと移籍することを決断しました。

家庭の事情など様々なことがあったと推測されていますか、日本ハムからの残留要請を断って、移籍することになったのです。

読売は、規則としてヒゲは禁止になっています。そのため、読売への入団会見時に、トレードマークとも言えるヒゲをそって会見に臨みました。

当時、FAで読売へ移籍した選手がことごとく失敗していた例を見ただけに、小笠原選手もその二の舞になるのでは…?との声も多くありました。

しかし、蓋を開ければ2007年から安定して活躍を続け、3割30本を4年間続けるなど、変わることのない安定感を見せつけます。

特に2008年は、前半戦は不調ながらも後半戦から本領発揮。2年連続優勝に大きく貢献しました。

しかし…ここからまさかの展開が待ち受けていました。

 

失われた2年

2011年、ここまでの活躍が嘘のような大不振に陥ります。

原因の一つは、故障の多さです。

それまで故障が多い選手ではありませんでしたが、5月と8月に故障をしてしまい、戦列を離れてしまいました。

やはり怪我の影響による成績不振は避けられなかったのでしょう。

そしてもう一つ大きな、非常に大きな要因となったのが、統一球の導入です。

従来は、それぞれの球団が使用するボールのメーカーを決めていましたが、このルールによる統一化されました。

しかし、これが多くの打者にとって悲劇を招く結果になりました。

従来より、「少し飛ばないボール」と言われていましたが、異常なほど本塁打の数が減ってしまったのです。

それまで、シーズン合計1000本以上のホームランがあたり前だったのに、2011と2012は1000本を切ってしまう異常事態でした。

小笠原選手もその影響を受けてしまい、成績が急降下。2011年はわずか5本塁打に終わってしまいます。

その後も以前のような成績は残せず、2013年オフに中日へ移籍となりました。

 

再びFA、そして中日へ

再度FA権を取得した小笠原選手は、読売から事実上の戦力外との構想を伝えられました。

それでも現役続行を希望していた小笠原選手は、中日ドラゴンズが獲得の意思を見せ、移籍が実現しました。

さすがにスタメンから出場という機会は減り、ほとんどが代打での役割となりましたが、代打では素晴らしい集中力を発揮。

低迷するチームの中で、カリスマ性も兼ね備えた小笠原選手は人気が高く、出場するたびに大きな歓声が送られていました。

 

引退、2軍監督へ

そして2015年、出場機会が減った中で、引退を決断しました。

生涯打率が3割を超えるという、素晴らしい成績を残した小笠原選手。

その実績と信頼から、引退後即ドラゴンズの2軍監督を務めています。

前回もお伝えしましたが、とにかく現状苦しい時期になっているドラゴンズ。

小笠原2軍監督の下で、若手選手がしっかりと成長して、いつか1軍で活躍する姿がみたいですね!

次回は?

次回も同様、「スターへの道」シリーズをお送りします!

 

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