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野球コラム

悲運続きでも、前を向きつづけること

投稿日:2018年10月1日 更新日:

みなさんこんにちは!Tadashiです!
プロ野球に関することを書いているこのブログですが、今回もその続きとなります!

今回は、前回と同様「スターへの道」シリーズと題して、選手をピックアップしてお送りします。

今回ご紹介するのは、現在読売ジャイアンツの監督を務めている、高橋由伸監督についてご紹介します!

伝説のプレーヤーである長嶋茂雄氏から、「天才」と称されるほどのセンスの持ち主であった高橋選手。

しかし、その野球人生はまさに苦難の連続。さらに、現在も苦しい状況は変わっていません。

そんな「悲運のスター」とも呼ばれてしまっている高橋監督について、今回はご紹介します!

スターへの道 〜高橋由伸 悲運のスター〜

 

慶應大学から読売へ

橋由伸選手は、慶應大学から1997年に読売ジャイアンツへ入団しました。高校時代から注目を集めていた選手ではありましたが、大学時代でも鮮烈な印象を残した選手です。

慶應大学は言わずと知れた有名大学です。もちろん野球部の実力も相当なものであり、新人がいきなり試合に出ることは簡単ではありません。

そんな中、高橋選手は1年次からレギュラー選手として出場しました。まさに偉業です。

それだけではなく、春季リーグと呼ばれるリーグでは、新人記録を更新する3本の本塁打を放つなど、いきなりの活躍。

加えて大学3年次では、リーグ成績で3冠王を達成するなど、まさに「天才」の名にふさわしい成績を残しました!

日米大学野球にも4番で出場、国際大会の代表選手にも選ばれる、まさに有望株でした。

そしてついに読売ジャイアンツに入団します!

 

あり余るセンスを発揮

1998年、読売ジャイアンツに入団した高橋由伸選手。当時監督であった長嶋茂雄氏は大きな期待をかけていました。

そしてその期待に応えるのが、高橋選手でした。

新人ながら、この年の開幕戦にスタメンで出場。いきなりプロ初ヒットを放つなど、鮮烈なデビューを飾ります。

さらに「夢の球宴」とも言われるオールスターゲームにも出場。新人の最多票数を獲得するなど、瞬く間に球界のスターへと駆け上がっていきました!

結果として、プロ1年目で打率3割を達成。新人選手がルーキーイヤーで打率3割を達成したのは、長いプロ野球の歴史でも7人目という快挙でした。

甘いマスクも兼ね備えた、まさに球界のスターの登場。しかし、そこから苦難の連続を迎えることになるのです。

 

怪我の連続・・・

常に全力プレーを心がけていた高橋選手。プロ野球選手としては当たり前のことでしょう。

しかし、ハッスルプレーによって大怪我を負ってしまいます。2年目の1999年、名古屋ドームでの試合中に外野フェンスに直撃。鎖骨骨折と診断されました。

シーズン終盤の9月に怪我をしてしまい、結果チームの失速を招きました。

さらにその3年後の2002年、今は無き広島市民球場での守備の際、左足かかとを負傷してしまい再度離脱。

そしてさらに2005年、同じく広島市民球場のフェンスで負傷してしまいます。シーズン序盤で一度、さらに7月にも同じ球場、同じフェンスで負傷。

また2006年も左脇腹の肉離れなどで怪我を重ね、思うようなシーズンを過ごすことはできず、まさに怪我に悩まされる野球人生でした。

 

まさかの引退劇

それでも2007年、高橋選手は完全復活を果たします!!

開幕戦の初球、いきなりホームランを放ちました!これはセリーグの打者では史上初の偉業でした!

その後も「恐怖の1番バッター」として君臨。1年間大きな怪我もなく、無事にシーズンを駆け抜けました!

打率は3割を超え、ホームランも30本以上を記録!さらに初回先頭打者本塁打を9本放ち、プロ野球新記録となるなど、まさに完全復活!

ところが・・・2008年は腰痛を発症。出場試合を大幅に減らすと、2009年はたった1試合のみの出場となり、またしても怪我との戦いが待っていました。

その後は代打での出場が多くなるも、ここ一番での集中力はさすがのもの!代打として欠かせない存在であったはずの2015年、まさかの出来事が起こります。

それまでチームの監督を務めた原辰徳監督が、成績低迷の責任を取るため辞任を発表。しかし後任が決まりませんでした。

そこで、生え抜きスターの高橋選手に白羽の矢が立ったのです。

まだまだ現役でもできるのではないか?との声も多くありましたが、高橋選手は監督要請を受け入れ、監督となることを決断しました。

ファンの中には、あまりの突然の引退・そして監督就任に激怒するファンも多くいました。当然のことだと思います。

高橋選手自身も、現役に未練はなかったのだろうか・・・少し考えてしまいますね。

 

読売の監督として

2016年から読売ジャイアンツの監督となった高橋監督ですが、まさに過度期の中の交代劇は、高橋監督自身非常に苦しいものでした。

2016年はなんとか2位を死守するも、CSではDeNAベイスターズに破れてしまい、さらに2017年は4位でシーズン終了。

読売がBクラスになったのは、2006年以来11年ぶりという屈辱でした。

そして今年、現状は3位争いをしている状態ですが、優勝奪還はならず。高橋監督の進退も問われるかもしれません。

果たして、来年は監督業を続けているのでしょうか・・・?

 

次回は?

次回も同様、「スターへの道」シリーズをお送りします!

まだ次回もご覧ください!!

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